何かに特化した人間にはなれない気がしてきた。

やはり、マラソンのみでは退屈過ぎる

マラソンのみで上位というのも、残念ながら自分如きの才能では限界がある気がしてきた。

マラソンのみ頑張って大幅に良くなるというなら、特化する甲斐もあるけれど、特化して散々時間を賭けた挙げ句前と同じくらいではしょうもない。

 

ワードプレスでのブログ構築ももう終わった。

恐らく、ファミレスのバイトは落ちたが、マラソンと食品工場の仕事だけでは、どこか張り合いがない。

ウルトラマラソンは極端にお金と時間がかかるので、そこは切っておいてもいいかもしれないが、

 

全てやってる人に戻そうかなという思案がある

そもそも、このブログですら特化が出来ず、話題性が右へ左へ下へ斜めへと交差する。

マラソンいったり、婚活いったり、仕事の話になったりして、全く特化性がない。

逆に言えば、毎日話題の尽きることがないw

 

このあいたブログの自己紹介に書いてる、マラソン、ゲーム、資格検定、俳句川柳を全てやる従来の会田に戻るべきか。

 

無能力の自覚

何か一つのみで、その道のプロになれる人は凄いと思うけど、自分には結局、何の能力も才能もなくて、寧ろ頭が悪くて運動神経も無いゴミクズであることを自覚するべきなのかも。

自分の勝利可能性が1%だとしたら、一つに賭けて1%を強引にこじ開けるより、100やって1%を拾う方が妥当な気がしてきた。

 

散漫な強みとして

また、特化しない強みとしては、死にたい出来事があっても死には至らないこと。

例えば、恋愛に特化してる人が失恋したら死ぬかもしれないし、仕事に特化してる人が就職活動に失敗したら死ぬかもしれない。自分はどちらでもそれ以外でも悔しい思いはしてきたが、

二つ駄目でも一つ良ければ良しくらいの精神が心の片隅にあるから、取り敢えず生きているのかも知れない。

その散漫さを捨てて、特化した人間になり、何かを掴める可能性はあるのか?

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