一般市民にフルマラソンが厳しい理由

またも、32kmからの10kmをヨレヨレの走りをしてしまい、不本意な結果に終わった。

後半なんて、歩いてるのと大して変わらないくらいだったから、歩いてる人が大半だったと思うが。

 

フルマラソン完走が庶民に厳しい理由

例えば、普段仕事帰りに1時間だけジョギングしてる人に、「仕事帰りに1時間歩かずにジョギングしてこい」と言えば余裕で出来ると思う。

ここで、普段仕事帰りに1時間だけジョギングしてる人に、「仕事帰りに3時間半歩かずにジョギングしてこい」と言えば、かなり難色を示すと思うが、出来る人もいれば出来ない人もいるだろう。

この場合、3時間半走りきる努力を普段からしてはいないので、出来るかどうかは才能(生まれもっての能力)の話になってくる。

 

才能を努力でカバーしようにも

では、その才能のある人に、才能のない人が勝負しようと思うと、

普段から仕事帰りなどに3時間半ジョギングするようにし、3時間半ジョギングするという行為が当然のものとなれば、何の不安要素もないだろう。

二文字に要約すれば、努力か。

 

しかし、考えてもみれば、8時間フルタイムで勤務して、食事家事をし、睡眠もある程度取らなければいけない庶民生活においては、3時間ジョギングする時間をとるのは至難の業。

仮に時間が取れたとしても、フルタイム勤務してから42kmを悠々と走る人間は尋常ではないと思う。

 

自分はマラソンに関しては才能がないけれど、才能の無い人がその方向性の努力も出来ないのでは、限界は既に見えているような気がする。

関連記事

トップページへ移動⇨

コメント掲示板へ記入する

コメント記入欄を開く