普通すぎるメンタルブロガー達と 自身の闇と寛解に関して

知人が言うには、あいた君は寛解してる割に、ブログ等では未だにかなり頭がヤバめらしい。

確かに、他で「うわっ。これは…」というほどの傑物を中々お目に掛かることはない。

そうなると、あいた氏の方が現状でもヤバいのでは?というのも頷ける。

 

数年前に何かのSNSでみた、入院中のリストカッターは、

暴れて数人に取り押さえられたとか、抉れすぎて死ぬんじゃないかというほどのリストカットだったので、

血が逆流しそうなほど、ゾクゾクとくるものがあった。

しかし、今時のメンタルブロガやメンタルツイッタラなんかは、「ちょっと苦しいかも」や「ちょっとお薬が」といったタイプが多い印象だ。

自分とはタイプが違う気がする。

 

あいた氏の発端に関して

今日の夢の記事で書いた通りだが、自分が子供の頃にそういうのがあったのは、集団暴行の苛めを受けていたのが大きい。

苛められて暴行死したり、自殺に至ってしまう子供も世の中にはいるので、受けた分を何らかのカタチで発散しなければ、

死んでしまっていた可能性はある。

 

夢ではハンマーを持っていて、躊躇して踏み留まったようだけど、現実世界でも子供の頃に報復殺〇に至らなくて良かったなとは思う。

仕返ししても致し方ないほとの苛めを受けていて情状酌量の余地有りだったとしても、やはり殺してしまうと、人生でずっと引きずり続けなければいけないという怖さがある。

 

あいた氏の寛解に関して

火のない所に煙は立たないとはよく言ったものだが、

自分が子供の頃におかしくなっていたのは、苛めで集団暴行を受けていたのがほぼすべてだった。

仮に、今、同じように集団暴行を受けるならば、また、同じように報復するか逃げるか等になってくるし、

最悪、自我が崩壊するほどに発狂するのも有り得なくはない。

自分自身はあの頃から何も変わっていないと思う。

 

ただ、会社生活に於いては、いかなる理由があろうとも、集団暴行なんてしたらした側がクビになったり逮捕されるので、

日本の社会人で集団暴行を受けることはまずない。

自分自身に危険性が潜んでいたとしても、危険性を呼び起こす因子が無ければ、危険性が呼び起こされることはない。

生きていれば、ちょっとムカツクことやイライラすることはあるにしろ、

そんなちょっとのことでは何も起きようがないのだ。

 

仮に、刃物を持った集団がこちらに近付いてこようものなら、今すぐにでも発狂する可能性はあるかもしれない。

しかし、社会人生活でそんなことはまずないので、就労や生活に関しては何の障壁もない

 

強いて言えば、こんな記事を平然と書いてしまう辺りが、ヤバいのかもしれない。

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