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精神ニュース

2019/9/23

半殺しを半殺しで罰するか問題へ 身内か他人かによる厳罰の差

この記事(みんな終身刑にすればいい?とは思わないが、刑罰は甘過ぎると思うので)から、「人を半殺しにしたら、罰として半殺しにされても仕方ないか?」の問題へと発展した。

意見A

「自分も親に対して殺人未遂的なことをしたことがあるので、その理屈でいくと、半殺しにされても文句が言えないということになってしまいます。懲役1年くらいならやってもいいですが。なかなか難しい問題ですね。」

意見B(意見Aへの返答)

「確かに理屈的にはそうなってしまうのかもしれないですね。そこで死んでたらアレだけど、(相手が身内で)半殺しで生きてるなら大丈夫だと思います。」

 意見C

「半殺しは、し○なかったから半殺しだけど 同じ刑で、し○寸前に止めるのはむずかしそうですね 誤ったら、し○でしまうから、なかなか難しい」

ブログ記事としての返答

自分も20年前だが、親に対して物理的に攻撃した過去がある。

ここで、半殺しした相手が他人であれば、(無関係な相手に脅威を振り翳した)罰として半殺しを受けるのは仕方ないし、相手も大方それを望むだろう。

その結果、池袋運転殺人や、京アニ放火での加害者への厳罰化を求める署名活動へと発展しているのだろう。

相手が他人でない特に親子の場合

被害者が加害者に対して厳罰を望まないケースがある。

これは、特に親もそうで、恋人もそれが言えるかもしれない。

「子供のためなら代わりに(親が)死ぬ」と謳う親もいる。

口先では喧嘩したり、不仲なケースがあるとはいえ、

命懸けで産み、何千万、何百万円もかけて育て、色々なものを犠牲にして残した子孫は、親目線では財産に等しいだろう。

子が親に危害を加えたとして、その罰として国が子に危害を加えるという話ならば、親は国を恨むのではないだろうか。

恋人や知人でも、事情があって、被害者が加害者に罰を求めない場合は例外だろう。