閉鎖病棟と大会

苛めと復讐が発端で、中学生の頃に閉鎖病院にいた。
閉鎖病棟の最後には、様々な大会で結果を出す目標を定めた。
その後、精神面で生活に支障があったことはなく、同病者と比べ異常な体力がある。

身体面

身長174cm 体重58kg前後 年齢1987年生まれ
大会の一つとしてマラソンをしている。
マラソン意外のスポーツも考えたが、球技系が苦手であり、水泳は金槌。

 

主な大会記録

14.3.24第10回anアルバイト川柳 最優秀賞
12.5.16ポケモンWCS2012ジャパンカップ 優勝
18.3.1琵琶湖を美しくフォト俳句 伊藤園賞
18.2.11橋本マラソン21.1km 年代準優勝
17.12.3赤穂義士マラソン42.195km 7位
15.4.11南知多夕空絶景マラソン10km 優勝
17.6.4ラグーナビーチ六時間耐久マラソン 優勝
16.5.13平成26年三社祭川柳 二之宮賞
15.5.17赤穂ウルトラマラソン100km 年代優勝
14.7.7第25回伊藤園新俳句 佳作特別賞
14.3.13マイクロソフトオフィススペシャリストマスター 合格
13.12.9危険物取扱者試験甲種 合格
12.10.9ポケモンインターネット大会オールスターカップ優勝
10.3.22ポケモンWCS2010大阪府予選 優勝

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自分史目次

1章 幼少期編
2章 虐め編[精神の復讐・肉体の復讐]
3章 閉鎖病棟編[承・転・結・翔]

 

幼少期編

鬼ごっこやRPGゲームの好きな幼少期を過ごす。平凡な日常より、ゲームの異世界に生まれてこれば良かったと思っていた。

そして、成績は最初は悪く、小学生初期の虐めに起因した。その後、公文に行き始めてクラスで一番頭が良いと言われる人に、努力で成り上がってからは虐めが無くなった。

走り回っていた鬼ごっこはマラソン、テレビゲームはポケモン大会、学校の勉強はブログや俳句川柳への成人後の取り組みに派生していった。

ゲームに熱中すると、冬休みは食事以外部屋から出ないような極端な面があり、休憩を必要としない異常な体力や集中力は、ウルトラマラソンやWIFI大会に活かされた。

虐め編 精神の復讐

小学生前半、中学生前半で虐めに遭う。

特に苦しかったのが、集団で蹴られたり、腹を倒れ込むまで殴られたりしたこと。

一方で、陰湿な復讐を覚え、靴に画鋲を入れたり、雨の日に傘を棄てたり、教科書やノートを破き棄て、困ってる情けない姿を見て、陰でほくそ笑むこともあった。

小学生前半の虐めは、勉強が出来るようになって収束したが、中学生前半の虐めはそうはいかなかった。

虐め編 肉体の復讐

中学生前半の虐めは特に酷く、集団暴行が特に嫌であり、体育館の更衣室で電気を消され、集団に蹴られた。

先生なども中々取り合ってはくれず、殴られた時には殴り倒せるようにしなければいけないと思い、筋トレに励むようになる。

学校は休みがちになり、殴り殺すための筋トレに只管躍起だった。

閉鎖病棟編 承

不登校、部屋に篭もって筋トレ、そして復讐を綴った幾つかの文章や絵図の書き留めに、家族は懐疑心を示した。

ある日、パトカーに乗せられ謎の施設へ送還される。

個室に大勢の子供達が入っていた、不可思議な施設で一晩を過ごす。

白く無機質な部屋に外側から施錠されていた。

何かのモルモットにされるのではないかと思うと、気が気ではなかった。

後に少年院であったと判明するが、自分は更にその上の閉鎖病棟へと移されていく事となった。

閉鎖病棟編 転

その翌日、更に謎の施設(後に閉鎖病棟と解る)へ移送された。

親や施設の人は、検査が終わればすぐ帰れると言っていた最中、院長との面談があると言われる。

そして、高級時計を身に纏った院長との対峙。

唐突に、「あなたは牢屋から一生出られないかもしれない」旨を通告される。

「自分がこうなったのは、虐めがあったからだ」という釈明をしたが、あまり取り合っては貰えなかった。

牢屋から一生出られないと告げられた理不尽が許せなくて、院長に飛びかかった。

どういうつもりかは解らないが、自分を牢屋にぶちこめば向こうに得が有り、虐められたこちら側がここでもまた不利益を被る。殺してやろう、いや殺して逃げ出してでもこの事実を覆そうと思った。

その後、暴れ狂った自分を数十人の男が馬乗りになって取り押さえた。抗精神剤の入った、極太の注射を刺し、大粒の薬を飲ませて、個室(閉鎖病棟)へと押し込めた。

閉鎖病棟編 結

ボロボロの鉄格子に閉ざされた狭い部屋で過ごす毎日。

外出も電子機器の所持も許されず、配膳されてくる冷えたご飯を食べ、反省文を書かされる。

扉をぶち破ったり、窓から飛び降りて、脱走するのを試みたが、全て頑健な格子で閉ざされており、早期に諦めた。

脱走を諦めてからは、ただの猫被りだった。

本当は、不良や院長を殺害しようという衝動を内に秘めながらも、騙し騙しに日々は過ぎていった。

閉鎖病棟編 翔

閉鎖病院を出た翌日、担任の先生との面談があった。

この時、先生に対し「苛めさえ起きないように対処すれば、何も起こさない。苛めた不良や、苛めを黙認した学校が悪い」と衝動的に発してしまった。

ここに書いた通り、猫を被って退院したのであり、苛めた不良に何らかの復讐をする方針であって、それが目標だった。

しかし、この約束をしてしまったため、苛めが無くなった場合は復讐という岐路が絶たれてしまう。

約束を破って、苛めが無くなっても復讐するという手もあったが、自分はそうは考えなかった。

そして、漠然とだが、苛めがなくなってしまう予感がしていた

 

この復讐の精神は強いエネルギーであり、陰鬱とは正反対のものだ。

ここで、自分は、苛めてきた不良に対して、殺人を思ったほどのエネルギーの矛先を、他者への復讐ではなく、自身に向けることを決意した。

この”自身に向ける”を悩んだ挙句、”大会の挑戦”というカタチで昇華させることとした。

苛められて、閉鎖病棟に入れられ、復讐も出来なかった上、大会の挑戦を試みるのは更に苦しい選択だ。

少しの差で復讐の道も有り得ただろうし、復讐をしていたとしてもそれも一つの人生だったと思う。

 

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