最近の殺人者に共通していること

   

俳優さんや歌手さんの歌う歌では

大切な君に会いたい

大切な君を守りたい

 

等と歌っていて

彼等のように

金銭面・立場に恵まれ、大勢の友人や恋人に囲まれている人達には

一生解らないかもしれないけれど

 

 

最近の殺人者の多くには

大切な君はいない

 

金銭面・立場に恵まれず、大勢の友人も恋人もいなければ、

則ち、

 

死んでしまいたいと思ったとき、

誰かを殺したいと強く憎んだとき、

金銭面も立場も友人も恋人もいないということは、

則ち、死んでも殺しても失うリスクがないということ。

 

当然、そうなってしまう理由には、就職難やら政治的要因やらも絡んできているわけで、

よくネットでは「俺は成功者で、馬鹿は馬鹿が悪い」というような言い方をする人間もいるけれど、

そうではなく、王座とぼろい椅子がこの世に存在してる限りは、誰だってボロい椅子に座り得た可能性はあるということ。

幸せになった側に、「そんなこと言っても、ある日事故に遭って、半身不随になったら同じ立場になりますよ?」とか

「時代次第では、仕事面でも恋愛面でも評価される能力が異なるから、あなたがそちら側になってた可能性がありますよ?」と言っても、

大抵の幸せになった側は、幸せになった側にしか焦点がいかないから、想像力は働かず、

不幸な側をバカにする回答しか概ね持ちえてない。

 

 

そんなこんなで、殺人鬼になってしまった人が、「無敵の人」と揶揄されたりもしているようだけど、

無敵の一部分には、”失うリスクがない”、が含まれているのではないかと思う。

 

一方で、いつぞやに書いたけれど、無差別は本当によくないと思うw

同じ不幸側をやってしまうかもしれないし。

低能先生事件は、相手を選んでの犯行で、

刺殺発砲事件や、新幹線事件は無差別っぽいが、

世に何か訴えたかったり、無敵の人というならば、せめて相手は選ぶべき。

 

一発ぶん殴るにしたって、

何の罪もない人をよりかは、

極悪非道にして蜜を吸いつくした側を殴ってやった方がすっきりするのではないかと。

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