2019-08-01 コメント板 »

北海道旅行8 メンヘラ編。地元近隣で学生時代に物思い

これは昼の写真だが。夜、近隣を散歩しながら、学生時代のことなどを思い返していた。

北海道帰省

学生時代の深い仲の人達の回想

1、小学校の親友友達(初恋の人含む)(小学校)

2、小学校の弟の友達(中学校)

3、児童館の友達と高校の友達(少数)(高校)

 

の人間関係があったが、全て完全に切れている。

後の学校のクラスメイトは、関係すらない間柄だったのもあり、同窓会に参加したことも参加の呼び出しがかかることもない。




そのクラスメイトの方はどうでもいいにしろ、友達、親友が完全に切れたのは寂しいところでもある。(半分以上は望んでそうなったのかもしれないが。)

 

しかしそれは、この歳になって、札幌を離れても変わってない面もあり、三重コミュなんかの人間関係もそうだった。

札幌後に断絶した人間関係

1、遊戯王関連の人間達

2、チャット、ツイッター関連の人間達

3、コジボン関連の人達

4、ポケモン関連の人間達

5、三重コミュ関連の人間達

6、句会関連の人間達

人間関係を断絶してきた個人的理由の考察

1、人との関わりより、自身の夢や野望を重視している。(いた。)

2、寂しい反面、人との関わりを煩わしいと思う面がある。特に、トリプルワークや大会を頑張れるのは、友人を断絶してて時間に余裕がある面はある。(恋人は別。恋人以外は物理的に得になりづらい。)

3、苛めと、最初の人間関係疎遠から、人は離れていくものという認識がある。

4、人間関係含め、一度綺麗にリセットすることにより、新たな道を歩めるため。

 

思い出した

小学生低学年の頃、イジメが酷くてどうにもならなく、(恐ろしい仕返しなんかを考えていた頃もあったから)ちょっと方向性がズレたら、殺人者になっていた可能性もあった時期があったんだが。




その時、親の仕事の都合で、札幌から函館に転校出来るという逃げカードを得たことがあって、

函館に行くとイジメとは無縁の優等生っぽい人に転身したという一件があった。

 

切り捨ての精神

その時に、今抱えてるものが鬱陶しくなったときに、「すっぱり切り捨てて逃げる」という精神を覚えてしまったんだろう。

確かに、ウルトラマラソンをしようという時に、ゲームやカードゲームを引きずっていては論外だし、

今の恋人と付き合うにあたって、昔の人を思い返してばかりでは失礼なところもあり、

切り捨てという人間性も、間違いではないのかもしれない。

 

だが、この切り捨てを使ってきて、得をした人間なのか、損をした人間なのかは、どちらとも言い難い面はあるだろう。

どんな人間で、能力があっても、周囲や環境次第では、どうにもならない袋小路はある。

 

だが、函館に逃げる道を選択しなければ、切り捨てを得ない人間になっていただろうが、それでイジメを解決出来たかは、解らない。

そちら側を選択した先にどんな闇や事故が潜んでいたかは未知数であり、選択の末に何を得られて、何を失うことになったかは、その道を選択しなかった以上は、「わからない」としか言い様がないか。

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