2020.3.16

ブログ主の自己紹介(幼少期から現在の取組み簡易まとめ)

閉鎖病棟編

期間:中学生前半

中学生前編の頃、集団暴行を受けるなどの苛めを受けていた。
苛めの復讐を企てていた頃に、精神が異常な面で通報され、精神分裂症(統合失調症)ということになり閉鎖病棟(鉄格子の牢屋)に入った。

退院の後、表人格は大人しく振舞っていたが、裏人格は「苛められた上に牢屋に入れられた」という憎悪を更に深めていた。
復讐を貫く道もあったが、「苛めがなくなれば復讐はしない」と先生に交渉。
結果、苛めがなくなったため、交渉を無碍には出来ないと思い、約束通り別の道を模索した。
この行き場を失ったエネルギーは大会(己の戦い)に変え生きることを決意し、以下3つの編の分岐へ続く

その後、自分が病気であるという意識はなく、あれは暴走しかけていた自分を牢屋に入れる口実だったとしか思ってないまま20代中盤を迎えた。
つい最近になり漸く、病気だった?事実に気付いたため、薬や作業所とは縁がない。多重人格であるという意識はある。
寧ろ、この多重人格(多重方向性)こそが、マラソン、俳句川柳、ゲーム大会、本業、副業バイト、ブログ、その他副業などを同時に熟せる唯一性の長所と言えるのかもしれない。

マラソン大会編

期間:閉鎖病棟以降

自分の中の大会挑戦の概念としては、一つの世界観に囚われず、数多の可能性を見出すことだったため、ゲーム系や文学系の大会に加えスポーツは必須とした。
自転車、球技、スキー、マイナースポーツなども試したものの、運動音痴なのもあり全て不向きだったため、消去法でマラソンとなった。(実はそんなにマラソンが好きではない)

学生時代住んでいた最初に参加したマラソン大会(ハーフマラソン)では、まさかの完走できずリタイア。
その後10代後半は、少しずつコツを掴んでいき、幾つかの大会を選べば幾つかの大会で入賞出来るようになる。
[成果 マラソン大会入賞20回]

北海道から三重へ移行すると、新たに発症した足裏のイボに苦しめられたため、マラソンから引いて、一時的にポケモンゲームや資格検定を重視するようになった。
マラソンが出来ないのだから、無理にマラソンをするより、別の大会を重視する形で正解だったと思うが、これが3年以上続いてしまった。

イボが半分回復した後の20代中盤、普通の距離のマラソンではそこまでの成果が見込めないため、ウルトラマラソン(50~100km)に見出そうとした。尚、その間も片手間、繋ぎで短い距離の大会にも出てはいた。
ウルトラマラソンは関西が多かったため、関西が主戦場だった。
[成果→赤穂ウルトラマラソン100km年代1位 四万十川ウルトラマラソン60km年代2位 入賞10回]

その後30代、フル・ウルトラで上手くいかないようになってきたのと、貯金・ゲーム系大会・文学(川柳)・副業バイト・ブログとの両立を考えたため、再びハーフマラソンに距離を戻した。
主戦場は関西から東海(主に愛知)へと移行した。
イボが全快したのもあってか、北海道時代よりはやや安定してきており、その先を目指せるかという状況で今に至る
[成果→マラソン大会入賞63回以上]

ゲーム大会&文芸コンペ&資格検定編

期間:閉鎖病棟以降

閉鎖病棟以降の10代後半、雪でマラソン大会が出来ない冬をカードゲーム遊戯王の大会に充てていた。
ゲーム大会でも良かったのかもしれないが、当時はスマホもなく、ゲームボーイアドバンスの時代だったため、北海道にいる中でゲーム大会を見つけることが出来なかったので、選択肢がなかった。
マラソン大会と同様、最初の遊戯王大会は初戦敗退に終わったが、徐々にコツを掴み、デュエルCGIで鍛えてきた知識も相俟ってか、30人規模を4連続優勝など出来るようになった。
しかし、全国大会へ繋がる選考会では毎回上手くいかず、やっと初回大会を優勝したと思いきや「優勝したポイントを無効にされて、常連を優勝したことにする店の汚いやり方」により、最低な思いをして、遊戯王から離れた。
[成果:遊戯王公認大会 優勝18回]

社会人に移る頃、任天堂DSの発売とともに、ゲーム大会がメジャーになり始める。
その中で、一番馴染みの深かったポケモンを始めることにした。
一回目の大会は北海道から仙台まで遠征したにも関わらず、運無く初戦敗退に終わった。
その後二回目の大会では、大阪にて500人規模の大会で華々しく優勝し、全国大会への切符を掴んだ。
しかし、その全国大会では僅かの運が足りず、あと1勝のところで世界大会行きを逃してしまう。
その中で、とある掲示板を含め陽性症状になりかけてかなりヤバいことにはなっていたが、一命は取り留めた。
[成果:WCS2010大阪予選優勝]

3DS時代になると、会場大会からネット大会(WIFI大会)が主流となった。
WIFI大会においては、色々な手段を駆使していたのや、様々なマイナールールへの適応力を活かし、10000人規模で優勝4回準優勝2回という異常な成果を出したものの、やはり全国大会では振わない。
その後、色々と面倒になってきた事や、持病のイボが快癒してマラソンを再開できる目途が立っため、ウルトラマラソン、資格検定、特にゲームポジションの入れ替えとしての俳句川柳を重視するとし、ゲーム大会からは一線を引いた。
[成果:PJCS2012ジャパンカップ優勝、WIFI大会優勝4回準優勝2回]

その宣言通り、資格検定や俳句川柳では結果を出すことができた。
ポケモン界隈の人達からは「逃げた」だの「オワコン」だとの声もあったが、特に川柳では大きな結果(anアルバイト川柳1万人中最優秀賞)を出せたため、ベクトルを変えたことに関して後悔はなく、同じくして結果を出したウルトラマラソンなどを加味するならば、ゲーム、ウルトラマラソン、俳句川柳、カード、資格検定など、あらゆる面で成果を出せるようになったのは「オワコン」ではなく「進化」だと自分は捉えている。
好き勝手言われるSNS界に煩わしさを覚えたのもあり、それ以降SNSは辞め、ブログ一本とした。
[成果:anアルバイト川柳最優秀賞、伊藤園俳句佳作特別賞3回、三社祭川柳二宮賞、俳句川柳入賞54回以上、資格検定合格65回、ドラクエモンスターズ8強2回]

その後、貯金とシナジーの悪い資格検定を辞め、ドラクエモンスターズは大会そのものがなくなり、ポケモンカードを始めた。俳句川柳は継続して、今に至る

トリプルワーク編

北海道で大学を出た後、就職氷河期だったのもあり、就職できないまま社会人となってしまった。
それから、派遣などで繋ぎつつ貯金0円のまま、20代中盤を迎える。
20代中盤の工場の職場では派遣から、本雇用に移行したものの、非正規雇用。
ボーナスや有休はあるものの、あまりいい状況とは言えないまま、何とか貯金100万円を達成した。

その後、SNS騒動で断絶した代わりと、サーバ代を維持できる貯金が出来たため、一儲けしようと思い海外サイトを立ち上げたものの失敗。
海外サイト立ち上げには失敗したが、アドセンスは残ったため、普通にブログで稼ぐ手段を得る。
ブログアドセンスでは、アピス流入により1日2万円得る機会などもあったり、副業バイトもきっちりやり遂げたため1年で貯金を更に100万増やし、200万にすることに成功。

更に、有休が20日に達したのに乗じ副業バイトを開始。副業バイトは学生時代にしていたスーパーのレジを選択した。
ブログアドンセンスは継続しており、この3つ同時にやってのける術をトリプルワークと呼んだ。
トリプルワークも日常的になった頃、ひょんなことから4つ目の手段に手を伸ばそうとしており、今に至る

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